日本剛柔流空手道 聖喜館
山本喜三郎館長が
全日本空手道連盟(全空連)公認七段ご昇段❗️❗️

最年長75歳で生涯武道の姿を実現される。

跆拳道花郎朴武館 朴禎賢師賢と、朴禎祐師範が幼少の頃に初めて武道を教わった剛柔流空手道 聖喜館 山本喜三郎館長が2026年5月31日、東京の日本空手道会館で行われた全空連昇段審査会で見事公認七段に合格されました。
この日、七段受審者は、日本全国より52名で、合格者は僅か14名。合格率26.9%の超難関を極めた『狭き門』でありました。

更に、山本館長のご年齢七十五歳での受審に周囲は大変驚きました。
六十年の歳月、自身の稽古を日々積み重ね生涯現役で、2022年には第2回沖縄空手世界大会 那覇手シニア形の部において準優勝されました。

近年は、空手道の源流である沖縄剛柔流を学びに武者修行に。
沖縄を代表する剛柔流の最高老舗のお一人、喜久川政成(きくかわ まさなり)先生に師事され、修錬されるお姿は、正に、生涯武道の実践者であられます。

山本館長は、指導者の鏡であり、後進達の亀鑑です。

山本喜三郎館長!
全空連公認七段の昇段、心よりお祝い申し上げます❗️

2026.6.6
ITF-JAPAN正統跆拳道ファラン朴武館
名誉会長 朴禎賢
会長 朴禎祐
館長 梅田達哉
本部長 船水健二
副本部長 矢部守重
師範・副師範・指導者一同

◎お祝いの言葉

〜朴禎賢師賢は、「山本喜三郎館長七段ご昇段」の朗報を聞き、翌日、お祝いの為、往復約1,000キロの道のりを車を飛ばして向かいました。

「七歳になったある日、2歳年上の姉と、4歳年下の弟と私は、父と母に連れられ、地元滋賀県甲賀郡石部町の小さな「剛柔流正剛館 甲賀石部道場」に行きました。
その時、山元寿一師範の下で山本喜三郎先生が指導員をしておられました。
怖そうな大人の人達の中で子供3、4人が黙々と稽古をしていたのを覚えています。
山本喜三郎先生は当時25歳でした。

小心者であった小学3年生の私は、厳しい道場の雰囲気の中で、常に緊張して稽古をしていました。

私は18歳になり、進学のため滋賀県から上京し、東京で「跆拳道」を学ぶ事になりました。

山本喜三郎先生は、
1966年高校生時代、剛柔流、屋良長鑑先生の沖縄拳法屋良(やら)流を修錬され2段に昇段、
そして1970年代には剛柔流正剛館 甲賀石部道場の指導員になられました。
1985年に剛柔流正剛館 栗東道場を設立されました。
その後、2011年5月1日、六十数年空手人生の集大成-『日本剛柔流空手道聖喜館』を旗揚げされました。
山本先生ご自身が初代館長に就任、首席師範にご子息の喜久師範が就かれました。

礼儀を重んじ、
努力の精神を養い、
誠の道を歩むことを
道場訓にする『聖喜館』は、人の繋がりを大切にする山本館長の精神が宿る道場です。

今回の昇段審査を受審されることについて聞いてみると、
『これまで修錬して来た自分自身の空手がどこまでの実力があるのかを試してみようと思った。
実際の審査では、一切の力みが無く、不思議な「無の境地」で行う事ができて、勝手に身体が動いた。
自分の力は全て出し切って清々しい気持ちになり、審査の合格・不合格は、気にならなくなっていた。
昇段できた事は、自身も嬉しいが、教えてきた道場生の為、聖喜館の有段者達のひとつの目標になってもらえればいい。また、長く応援してくれた妻と家族に感謝を言いたい。』
と語っておられました。

半世紀五十年に渡り、大変お世話になっている武道の師匠 山本喜三郎館長、心よりおめでとうございます!

朴禎賢拝