武道研修概要

期間:2026年5月14日〜18日
訪問地域:釜山・蔚山・大邱
訪問者:朴禎賢 師賢(7段)/朴禎祐 師範(6段)

行程概要

・第一日 成田 ✈ 釜山(トッスリ道場交流)
・第二日 蔚山(鄭宇鎮師聖 生家・博物館訪問)
・第三日 ITF-KOREAセミナー参加
・第四日 韓国名勝史跡探訪

第一日「袖振り合うも多生の縁」
〜釜山で咲く、ITFとWTの融合〜

2026年5月14日、午前11時45分。
私たちは成田空港から韓国・釜山へ向けて飛び立った。
二時間余りの空路を経て、13時55分、金海空港へ到着する。

初夏の柔らかな風が吹き抜けるロビーで、私たちを待っていてくださったのは、釜山市シルバー跆拳道協会会長であり、「トッスリ(鷹)跆拳道道場」を率いる南ハンナ師範(WT八段)であった。
現代(ヒュンダイ)車で温かく迎えてくださったその笑顔に、旅の緊張は一瞬でほどけていく。

南ハンナ師範は、幼少期より釜山の道場でWT跆拳道を学び、2026年に八段へ昇段された、韓国武道界を代表する指導者のお一人である。

南師範とのご縁は、まさに「袖振り合うも多生の縁」という言葉そのものであった。

私たちの最初の出会いは、山口県下関市主催「リトル釜山フェスタ」での跆拳道演武に遡る。ITF-JAPAN小倉道場(道場長・森松裕也師範四段)が毎年出演してきたこの国際交流イベントを通じ、長年にわたる交流が育まれてきた。

南師範のご子息である李贊慜(イ・チャンミン)師範は、高校生時代より同フェスタへ出演し、小倉道場・森松師範と深い絆を築いてこられた。
その縁はやがて母である南師範へと広がり、ITF小倉道場との武道交流へと自然に発展していったのである。

数年後、李贊慜師範はその実力を認められ、韓国国家デモンストレーションチームへ入団。
キャプテンとして世界各国で演武を披露する存在へと成長された。

とりわけ、平昌オリンピック開会式、さらには平壌における南北合同跆拳道演武への出演は、韓国跆拳道界を代表する武道家としての歩みを象徴するものであった。

そして2023年、2025年のリトル釜山フェスタでは、朴禎賢師賢との「日本初 ITF・WT合同演武」が実現する。
流派の違いを超えたその舞台は、多くの観客に深い感動を与えた。

今回、南師範のトッスリ道場を訪問し、少年部から中年部に至るまでの稽古を拝見する機会を得た。

柔軟体操、脚力強化、そしてトゥル(型)に至るまで、一つひとつの動作は極めて緻密であり、そこには武道に人生を懸ける者だけが持つ熱気が満ちていた。
その真摯な姿勢に、深い共感を覚えずにはいられない。

稽古後半には、私が選手コースの特別指導を担当した。

ITFとWT――。

異なる流派の垣根を越え、互いの技術と精神が激しく、そして美しく交錯していく。

技を交わすたびに道場の空気は熱を帯び、言葉を超えた武道家同士の心の結びつきが、確かに生まれていくのを感じた。

さらに今回、新たに崔泓熙創始者の高弟・コンジェファ師範より学ばれた徐ドンギュン師範、そして道場運営に尽力される李師範とのご縁にも恵まれた。

まさに跆拳道とは、流派や国境を越え、人と人を結びつけ、時に家族のような絆を育むことのできる素晴らしい武道である――。
そのことを、私たちは改めて実感したのである。

こうして韓国武道研修の第一日は、友情と敬意、そして未来への希望に満ちた、最高の旅立ちとなった。

第二日 巨星の足跡を訪ねて
〜蔚山に響く拍手と誓い〜

第二日目。
私たちは、アメリカ跆拳道の開拓者であり、世界的武道誌『TKD Times』会長、さらにITF・WT双方で九段を誇る伝説的武道家――鄭宇鎮(チョン・ウジン)師聖の故郷、蔚山(ウルサン)へ向かった。

同行したのは、ITF-KOREA金基文(キム・ギムン)会長、文鎔亀(ムン・ヨング)師範(ITF八段)、そして釜山市シルバー跆拳道協会・南ハンナ会長(WT八段)。総勢五名による訪問となった。

鄭師聖の生家へ一歩足を踏み入れると、ご親族の皆様が最高の笑顔で私たちを迎えてくださった。

食卓には、目を見張るほど豪華な韓国伝統料理が並ぶ。温かなおもてなしの数々に、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

食後には、鄭師聖の生涯を記録した邸宅博物館をご案内いただく。

展示された写真の一枚一枚、品々の一つひとつには、跆拳道に人生を捧げ、南北コリアの融和、そして世界平和と国際親善のために命を燃やし続けた偉大なる足跡が刻まれていた。

国境を越える民族愛。
そして、人々を惹きつけてやまない圧倒的な人間力。

その生涯に触れ、私たちはただ静かに、深い感銘を受けていた。

この感動に、武道家として何か応えたい――。

そう感じた私たちは、ホームパーティーの席にて、朴兄弟による演武を奉納することを決めた。

爽やかな田舎の風が吹き抜ける庭園。
天地(チョンジ・トゥル)から演武は始まる。

息を呑む約束マッソギ。
続いて、島山(トサン・トゥル)、栗谷(ユルゴク・トゥル)、そして圃隠(ポウン・トゥル)。

静寂の中、道着が風を切る音と鋭い気合いだけが響き渡る。

そして演武が終わった瞬間――。

静かな田舎町を包み込むような、大きな拍手と歓声が湧き起こった。

「私の生家には、これまで世界中から多くの人々が訪れてきた。しかし、ここで正統跆拳道の演武を披露してくれたのは、君たちが初めてだ!」

鄭宇鎮師聖は満面の笑みを浮かべ、さらに力強く続けられた。

「君たち兄弟は、きっと世界一のマスターになる!!」

武道界のレジェンドからいただいた、これ以上ない激励の言葉。

その重みと光栄に、身の引き締まる思いがした。

鄭師聖の熱き期待を、決して忘れてはならない。

私たちはこれからも、常に己を省みて謙虚であり続け、狂おしいほど武道の深淵を追い求め、没頭していくことを、蔚山の空に固く誓った。

第三日 技を磨き、絆を深める
〜正統ITF跆拳道の熱気〜

2026年5月16日。
研修三日目は、ITF-KOREA道場を舞台に、今回の旅の大きな目的の一つである『ITF-KOREAセミナー2026 第1回正統跆拳道(ITF)講習会』が開催された。

指導に立たれたのは、ITF-KOREA金基文会長、そして朴禎賢師賢。

道場には、黄龍三師範、文鎔亀師範、金昇龍師範をはじめとする幹部陣、さらに朴成賢一段、モンゴルから参加したガルシャ氏ら、国境を越えて集った熱き武道家たちの姿があった。

【技術セミナーの核心】

・初心者への緻密な指導アプローチ
・正統跆拳道における「力の原理」の追究
・「立ち方(スタンス)」の明確な定義と応用

セミナーでは、正統跆拳道の本質とも言うべき「力の原理」を中心に、基本となる立ち方の定義から実践応用に至るまで、極めて理論的かつ実践的な講義が展開された。

特に金基文会長から直々に伝授された手首術における体重移動、極め方、そして相手を完全に制圧するための身体操作は鮮烈であり、参加者一同、その一挙手一投足に食い入るような視線を送っていた。

技術とは単なる動作ではない。
身体の使い方、呼吸、重心、精神の集中――そのすべてが融合して初めて「正統」の名にふさわしい武道となる。

国や流派を越え、誰もが真剣な眼差しで学び合う空間には、まさに武道本来の尊さが満ちていた。

心地よい汗を流した後は、参加者全員で近隣のサムギョプサル店へ向かった。

鉄板の上で香ばしく焼ける肉の音。
立ちのぼる湯気。
グラスを交わしながらの親睦会は、昼間の真剣な空気から一転し、笑顔と歓声に包まれた和やかな時間となった。

流派や立場を超え、「同じ道を歩む仲間」として語り合う――。

それは単なる技術交流ではなく、人と人との心が繋がる、かけがえのないひとときだった。

ITF-KOREAのさらなる飛躍と発展を確信する、実に素晴らしい交流の夜となった。

第四日 歴史の風に吹かれて
〜己のルーツと平和への祈り〜

5月17日、研修四日目。

この日は親戚の兄の案内のもと、蔚山・大邱・永川に点在する韓国の史跡を巡る探訪の旅へ出発した。

慶尚南道・慶尚北道は、私自身のルーツが眠る大地でもある。

歴史の巨人たちの足跡、そして美しくもどこか哀愁を帯びた風景に触れるたび、武道家としての感性はより深く、静かに研ぎ澄まされていった。

① 蔚山倭城 〜攻めるも地獄、守るも地獄〜

最初に訪れたのは、約四百年前の「文禄・慶長の役(丁酉再乱)」の激戦地、蔚山倭城(ウルサンウェソン)である。

1597年、肥前・名護屋城から玄界灘を越えて渡海した十四万の倭軍。翌年、この地では加藤清正・毛利秀元軍と、権慄(クォン・ユル)将軍率いる朝鮮・明連合軍による凄惨極まる籠城戦が繰り広げられた。

天守閣跡に立ち、南へ流れるテファ川を見下ろした時、私の脳裏に浮かんだのは、松尾芭蕉のあの一句であった。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」

いくさとは、攻める者にとっても、守る者にとっても地獄でしかない。

兵たちの叫びが染み込んだような風を感じながら、私たちは静かに黙祷を捧げた。

② 大邱 〜武臣の気概と古代のロマン〜

続いて訪れた大邱(テグ)の街路ロータリーには、高麗建国の功臣として知られる申崇謙(シム・スンギョン)将軍像が堂々とそびえ立っていた。

西暦918年、王建(ワンゴン)の命を救った忠臣として語り継がれるその姿からは、千年の時を超えてなお、武臣としての圧倒的な気概と忠義の魂が漲っていた。

さらに私たちは、5〜6世紀の新羅時代を今に伝える不老洞(プルロドン)古墳群へ足を運んだ。

慶州の王陵群にも並ぶ国宝級の遺跡群が、緑豊かな丘となって静かに連なっている。

そこには、古代から連綿と続く人々の営みと祈りが、今なお静かに息づいていた。

③ 銀海寺 〜燦然と輝く高僧たちの名刹〜

慶尚北道永川市、八公山の麓に佇む古刹――銀海寺(ウネサ)。

ここは、新羅時代の元暁(ウォニョ)大師、高麗時代の普照(ホジョ)国師、さらに西山大師の法統を継ぐ影波聖奎(ヨンパソンギュ)大師ら、韓国仏教界を代表する高僧たちが修行を重ねた名刹として知られている。

809年、恵哲(ヘチョル)国師によって建立されたこの寺院は、全盛期には仏教大学まで擁したという。

壮麗な本殿や堂宇は、当時の繁栄を今なお雄弁に語り続けていた。

山門に掲げられた力強い扁額。
堂宇に躍る見事な筆致。

それらは、名書道家・秋史 金正喜(キム・ジョンヒ)の筆によるものと伝えられ、寺院の歴史的重厚さをさらに際立たせていた。

④ 永川市清通面 〜玄界灘を渡った祖父母のルーツを辿る旅〜

旅の終着点は、私の母方の故郷である慶尚北道永川市清通面(チョントンミョン)だった。

山々と川に囲まれた、自然豊かな美しい土地である。

百年ほど前、激動の時代を生きた祖父母たちは、この故郷を後にし、釜山港から下関へ向かう「関釜連絡船」に乗って玄界灘を渡った。

その過酷な道のり。
そして、故郷を離れる心。

その想いを胸に重ねた時、私は言いようのない熱い感情に包まれていた。

気がつけば頭の中で、在日コリアンのブルース歌手・新井英一さんの名曲『清河(チョンハ)への道』が静かに流れていた。

♪ アジアの大地がみたくて 俺はひとり旅にでた
玄界灘を船で越え 釜山の港を前にして
夜が明けるのを待っていた

♪ 俺のルーツは大陸で 朝鮮半島というところ
俺の親父はその昔 海を渡ってきたんだと
ひ孫の代まで語りたい

結びにかえて 〜旅を終えて〜

「日本と隣国・韓国の長い交流の歴史そのものが、両国の友好と親善、そして平和へと続く道である」

今回の武道研修を通じ、私たちは韓国の人々の温かい人情に触れ、風情ある土地、美味なる食事、そして何ものにも代え難い貴重な経験を得ることができた。

凄惨な戦乱の跡地も、先祖たちが愛した美しい故郷も、すべては一本の歴史の道で繋がっている。

私たち朴兄弟は、「跆拳道」という果てなき道を歩む武道家として、単に技を磨くだけではなく、日本と韓国の友好、そして世界平和への架け橋となれる存在でありたい。

その大いなる希望と決意を胸に刻み、私たちは今回の韓国武道研修を締めくくった。

次回は、2026年11月開催予定『PMC師範武道研修2026』にて、再び韓国の地を訪れる予定である。

アンニョンヒ、ウリコヒャン!
タシ ポジャ!

――さようなら、故郷よ!また会おう!

(完)